修学院離宮のあらまし
修学院の名は、10世紀後半ここに修学院という寺が建立されたのが始まりでした。南北朝時代以後、この寺はなくなりましたが、地名は修学院村として残りました。
修学院離宮は、桂離宮に30年ほど遅れた西暦1659年に完成した山荘です。幕府と朝廷との摩擦が続く時代にあった中で、短期間に造成されたものです。
後水尾(ごみずのお)上皇が、一本の木や草に至るまで好みを反映させた離宮で、この修学院離宮がたいそう気に入っていたようで、ほとんど毎年通っていたとされています。
総面積は、54万5千平方メートルになり、東京ドーム12個分ほどの広さです。上、中、下の三つの離宮からなっており、比叡山の山裾の自然と京都の風景に溶け込んだ風景が魅力です。
下離宮には、かつては最大の建物がありましたが、早い時期になくなり今は寿月観を残すのみとなりました。中離宮には、修学院離宮のなかでも豪華な内装の客殿に楽只軒、庭園風景が広がっています。
修学院離宮でも、一番の見所は上離宮の回遊式庭園といえるでしょう。谷から流れる川をせき止め浴龍池とし、特徴のある三つの橋をそれぞれの中島に架けています。後水尾上皇も、この池で船遊びをしていたとされており、秋に訪れると楓の紅葉の美しさに目を奪われることでしょう。
京都のおすすめの宿ランキング
![]() 祇をん新門荘 ![]() |
![]() ホテル平安の森京都 ![]() |
![]() 都ホテル京都 ![]() |
コメントを投稿する
承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください。





